『ある「情」多き婦人の話』劉姝                  

かつて私は、長きにわたってあるマッサージ店の女をこっそり観察していたことがある。あえて「のぞき見」ではなく「観察」という言葉を使うのは、彼女へ尊重の表れと受け取ってもらいたい。自分の身体ひとつで商売を切り盛りしているこの四十過ぎの婦人に対し、私は妄想を巨大にふくらませ、かつ同情していた。知っているよ、仕方なくこんな商売をしているのだよね、と。

当時、私は彼女からとても近かった。近すぎて、見ずにいるのが難しいくらいに。彼女が経営している3坪ほどのマッサージ店は、私の部屋の窓の正面にあって、窓から店のドアまでの距離はわずか十数メートルだった。その頃私は毎日暇にしていて、窓辺で本を読んだり物書きをするのを日課にしていたから、顔を上げれば彼女の生活ぶりが目に飛び込んできた。

この女性の話をする前に、私たちが暮らしていた胡同のことを説明しておこう。そこは彼女が長年マッサージ店を経営できるのが不思議なくらい、ちょっと特殊な地域だった。結構な歴史があるこの胡同は、首都北京で最も賑やかな通りである王府井から、歩いてわずか10分ほどの所にある。胡同の名前は明朝のころに朝廷が設けた秘密警察に由来しているのだが、その流れは現代にも繋がっていて、今も胡同には北京市公安局の行政事務所が存在している。そのため胡同にはいつも、陳情を目的とした多くの人たちが絶望の表情を浮かべながら、公安局のビルの入口を塞ぎ、泣き叫んでは冤罪だと訴えている。あるときは、オート三輪に乗った男が公安局のビルの入口に自ら突っ込んで、車のキーを抜いて逃走した。大勢の警察官が集まって、半日がかりで重たいオート三輪を運び出していたものだ。

この胡同と交差する別の胡同には、著名な作家・老舎が住んでいた家があり、また同じ胡同には赤い木でできた立派な門を構えた大きな四合院がある。その四合院はかつて政府のリーダーだった人の家で、住んでいたのはあの胡耀邦だと噂されていた。

こんな胡同で、彼女は短くとも2年は営業を続けていた。これ以上小さくできないほど小さな店にあって、彼女は慎ましい生活をしていた。店の中で食べて、寝て、顔を洗い、そして多くの男たちを満足させるのである。中国史上の有名人物である先の2人との繋がりを、彼女は考えたことがあったかどうか。